よく、ビデオデッキが普及したのは裏ビデオがあったせいだとか、インターネットが普及したのはエロサイトのおかげだという人がいるが、文字もまた、セクシャルなエンジンにより普及したと言えるだろう。セクシャル・エンジン…わたしは思わず即興で歌を歌いたくなってしまった。


♪セクシャル・エンジンはすべてを変える
ビデオを普及させ
インターネットも広める
文字もセクシャル・エンジンのおかげ
千馬力相当のエンジンに匹敵
ついでに子供も生まれる
生まれた子のうち、五パーセントは
「生まれてすみません」と言うけれど
成長とともに何も言わなくなり
やがて適当な相手を見つけて結婚し
おとなしく天寿を全うする♪


わたしは自分の奏でる軽快なサウンドに乗って、「人」の字を模すように大股でテンポよくステップを踏み、鶯谷の駅に向かった。勢いよく歩くうちに、ワドルは引き離されていった。地球上で周回遅れになったとき、ぼくはまたワドルに会うかもしれないなと思いながら、心の中で彼に別れを告げ、山手線に乗りこんだ。しかし乗りこんだ瞬間「わたしのような人間が乗っていいものだろうか」と思う羽目になった。というのも、わたしが乗った車両には、有名人がずらりと立ったり座ったりしていたのだった。タレントやスポーツ選手、政治家までもが乗っていた。有名人がこんなに集中していることに対して、有名人たち自身も困惑した様子だった。あちこちで頭をかきながらあいさつをしていたのだけれど、彼らの会話を盗み聞き―しかし、有名人なので、自分の会話は世界中に向けて発信されているような気持ちで話していたはず―した。
「いやぁ…おたくも庶民派であることをアピールしようと思って電車に?しかし重なるものですなぁ…」
どうやら、彼らは普段、運転手つきの車に乗っているが、「お高くとまっていては人気がなくなってしまう」と危機感を覚え、庶民派であることを示すため、たまに電車に乗っているようだった。不思議なことに、明らかに庶民派であると見なされているはずの、バラエティ番組に出ている女性タレントまでもが照れながら頭をかいている。自分が世間からどう見られているのか理解していないのではないかという疑念がわたしの中で浮かんだ。
ただ、「さすがスターは違う」と思ったのは、頭をかいたときに出てくるフケの一粒一粒をマネージャーが、割り箸の先に黒い紙を貼り付けたものをせわしなくかざし、隠していたのを見たときだ。あたかも「トイレに行かないのはもちろんのこと、フケも出しません」と言わんばかりの徹底したイメージ戦略。彼らの早業を感心して見ていたのだが、要領の悪いマネージャーが、黒い紙をかざす方向を間違え、かえって黒地に白いフケが目立ってしまうような演出をしてしまっていた。そのマネージャーは即刻クビを言い渡されていたのだが、その瞬間、他のタレントにマネージャーとして即採用されていた。その素早さたるや天下一品で、二人の声は重なり、「キミはもういらないキミが是非ほしい」と聞こえた。