ゴムのきついパンツを履いた婦人警官と木村氏による尋問が始まった。
「とりあえずここに座って。タバコ吸う?」
「いや、これがありますので。」
わたしはくさやスティックを吸った。じっくりと手でいじり回し、体温を伝え、臭いが広がるようにした。臭気に耐えかね、すぐに帰したいと思わせるためだった。しかし彼女らの鼻を見て落胆した。鼻毛が密生していて、鼻水と鼻くそのちょうど中間にあたる半透明の粘り気のある物質が鼻毛に絡んでいたのだった。彼女らに臭いなどわかるはずもなく、臭いにむせ返ったのは結局わたし自身だけだった。
「いったいどういうことですか?ぼくは何も悪いことをしていません。」
「あら!人のパンツを覗きこむというのは立派な犯罪じゃない。迷惑防止条例・第五条一項違反よ」
「のぞきこんでいません。たまたまぼくの目がくぼんでいるので、何を見てものぞきこんでいるように見えるだけです。」
「この場に及んで否定すると罪が重くなるのに…はやく認めてしまいなさいよ」
「だから言っているじゃないですか。のぞいていないって。」
「実際にあなたの網膜に映ったのか、とか、あなたがそれをどう感じたのか、とか、そんなことはどうでもいいの。問題は、被害者が恥ずかしい思いをしたかどうか、そういうことなのよ。」
「では、たとえば白人には目がくぼんでいる人が多いですが、彼ら彼女らを全員逮捕しろとでも言うのですか?」
「そりゃそうよ。そこにいるだけで覗かれている気がして恥ずかしいわ。女に生まれてこんなにつらいことはないわ。白人を中心に、逮捕し始めているところなの。」
わたしが連れて行かれた留置所には、彼女らが言うとおり、白人がSUSHI詰めになっていた。白人たちは、皆不服そうな表情を浮かべていた。中には、今さら自分の目のくぼみを少なく見せるため、一生懸命眉を押している者もいる。その中に見た顔がいると思えば、先ほど別れたはずのドクター・ワドルだった。
「ご無沙汰しています」
わたしは何事もなかったように声をかけた。
「キミなら捕まると思っていたよ…なんか国家的陰謀の臭いがするね。」
「国家的陰謀?」
「そう。これを…」
ワドル氏が広げたのは、文庫本ほどの小さな冊子。表紙には「世界痴漢未然防止協会」と書いてあり、さまざまな二枚貝がぴったりとフタを閉じられた写真が載っており、女性の貞操を表しているようだった。表紙をめくると、アジアのさまざまな人が白人や黒人にパンツを覗かれている絵が描かれており「痴漢には重罪を」と書いてあった。痴漢について書いているのだが、あたかも外国人は全員痴漢であるような描き方になっている。
痴漢撲滅は表向きの話、これは外国人を排斥する運動なのではないだろうか。わたしは直感的に思った。新しいナショナリズムの誕生なのだろうか。冊子をもぎとり、あわててページをめくった。逮捕されたショックで脂汗が出たせいか、ページは軽やかにめくれ、万札を数える銀行員のような気持ちになった。最後のページを火薬を仕込んだみたいにパチンと鳴らすと、そこには「世界痴漢未然防止協会沿革」が書いてあった。
それを読んで判明したのだが、どうやら、この団体、太平洋戦争での「大日本国防婦人会」を前身とする団体のようだった。銃後の国を守る団体だったが、終戦後、いったんは解体され、婦人たちは「経済革命婦人会」と改称し、高度経済成長期にはサラリーマンの夫の銃後を守り、経済革命による大東亜共栄圏の確立を目指していたのだったが、全自動洗濯機などに代表されるような家電のオートメーション化に伴い、アイデンティティを失ってしまう。そこで生まれた新たな目標が「痴漢撲滅」だった。痴漢をこの国から撲滅し、道徳でアジアのリーダーシップを取ろうと考えているようだった。まず武器を持つ必要があるということで、世界痴漢未然防止協会の会員は、自衛隊や警察官になる者が多く、特に警官になった者は、外国人を痴漢として逮捕し、国外へ追放することが当面の主たる活動である、と書いてある。木村氏も、わたしを逮捕した婦人警官も、活動の一環としてぼくを捉えたということになる。しかし、ワドル氏はともかく、わたしはなぜ国家の敵とみなされたのだろうか?
 「あなたはこちらの部屋よ。」
婦人警官は長らく開けていないとおぼしきドアを開けた。
「ここに座りなさい。」
婦人警官が指さした椅子の上にはクッションが乗せてあっただが、中央が不自然に盛り上がっていた。どんな愚鈍ないじめられっ子が見ても「ブーブークッションが仕掛けられている」とわかるはず。気にするほどのことではないと思って座ると、案の定、ブーと音がした。わたしは小学生の頃、三回ほど引っかかったことがあったので、この程度のことは、まったく恥ずかしいと思わない。