すると、はるか先から、ジェット機のような音が聞こえてきたかと思うと、柔らかくて熱いものがわたしの頭を直撃した。おでんのはんぺんだった。はんぺんがこんなに熱いとは驚きだった。こんなものが何度も飛んで来たら、わたしははやけどで死んでしまうと焦ったが、今さら後には引けはしまい。どうやらコンビニの店員は、オリンピックのマイナーな競技の選手らしく、コンビニの店員のアルバイトをしながら体を鍛えており、刑務所へ食物を投げ入れるのも、トレーニングとしているらしい。
「ここでのトレーニングはやめてくれー」
わたしは前に向かって大声で叫んだ。
「無理ですよー。ぼーくーはー、金メダルがほしいのですー。ぼーくーのー、褐色の肌にはー、金メダルがー、とてもよーく似合うと思います。本を投げる距離、最近、どんどん伸びているんですよー。」
本投げという競技が新しくオリンピックでできたのだろうか。不可思議な競技だとは思ったが、納得がいかないこともない。肉体ばかりを鍛えて競うというのは、人格形成期にいびつな成長を遂げてしまうのではないか、と誰かが言いだして、それではプルーストの『失われた時を求めて』をセットにして投げるのはどうかと提案する。それならば、少なくともタイトルだけは読んで、練習中に「失われた時とはなんだろうか。時間そのものが失われているのか、それとも、主人公が刑務所に入れられるなどして青春を無駄遣いしたということか、そもそもこのタイトルは意訳をしていて、もとの題を直訳すると『雄鹿のオレンジのような尻』、などの全然関係ないタイトルなのだろうか」などと思索にふけってもらえるはずだ。なるほど、悪い競技ではないと思うも、熱いはんぺんが次々と顔や手に当たり、全身にやけどをし、皮膚が破けて血が出てきた。部長はいつも刑務所のご飯の味の薄さに関して、「臭い飯というか…薄い飯だよな」と言っていたが、明日から明後日くらいまでは、わたしの血の塩分でちょうどよい味付けになるから、上機嫌で食事をするに違いないと思った。
体中、水ぶくれになり血まみれになりながら、わたしはコンビニの事務室にたどり着くことができた。たどり着いたときには金メダリスト候補はいなくなっていた。わたしをこんなに熱い目に遭わせたのだから、メダルを取ってくれと願った。事務室には飲み物がたくさん入った段ボールと机があり、机の上には央央区報が置いてあった。わたしは段ボールからまったく冷えていないコーラを取り出し、飲みながら央央区報を眺めた。
「ますます発展する央央―北海道札幌市中央区に統合」
札幌…あまりにも意外な展開にわたしは開いた口がふさがらなかった。しかし、札幌に統合されたら気温が下がってしまうような気がしたので、体温を逃さないよう、わたしはあわてて口を閉じて体を丸くして記事を読みふけったのだった。 (了)