しかし驚くべきことに、ブーブークッションの音が鳴ると同時に、具が多めのタマゴサンドが天井に開いていた穴から降ってきた。しかも、ブーという音を聞きつけ、若くて美しい女性三人組が部屋に入ってきて「何これ…くさーい」と鼻をつまみながら入ってタマゴサンドをほうきとちりとりで回収していったのだった。音と臭いでおならをしたのと同等の状況を作り上げられ、さすがにわたしは恥ずかしさで縮こまってしまった。しかし、それが嫌だからといって何時間も立っているわけにはいかない。五時間ほど直立不動の姿勢をとっていたのだけれど、我慢できなくなって座ると同じくブーとクッションが鳴り、タマゴサンドが降ってきた。しかも先ほどとは異なり、タマゴに温泉タマゴを使っているらしく、よりおならの臭いに近くなってきた。回収にきた女の人たちはさっきと同じ人だったのだが、さきほどよりも化粧が濃くなっていて、「こんなに美しく変身した魔性の女に、臭いものを片づけさせるの?」と言わんばかり。
恥ずかしさで意識がもうろうとする中、木村氏がやってきてわたしに言った。
「世界痴漢未然防止協会の存続のためにはあなたは邪魔なのです。あなたは弁護人の活躍もむなしく実刑判決を受け、獄中で死ぬことになるのです。」
「なぜですか…ぼくみたいなどうでもいい人間が組織のじゃまになるわけないじゃないですか。」
「そういう話はあなたの弁護人とすればいいじゃないの。」
ほどなくしてわたしは釈放された。国選弁護人をあてがわれ、面会することになった。彼の名は本村といって、それだけで木村に似ていたので嫌悪感を催したのだが、待ち合わせの喫茶店で、彼が現れ、開口一番、
「こんにちは本村です。いやー昨日の巨人はすごかったですねぇ。ホームラン五本も打つなんて、ねえ!」
と言ったので悪い予感が的中したと思った。会話の糸口として野球の話をしたのかと思うとそうではなく、延々と野球の話をまくしたてたのだった。
「わたしはホームラン以外は得点として認めないんですよ。ホームランを何本打ったか、それがすべてです。その方がルールとしてわかりやすいと思うんですよ。最近の若者の野球離れ、この原因はルールがわかりにくいことにあるのではないだろうかと思うんです。子供の学力低下、また体力の低下に合わせてルールも簡略化すべきです。打ってから走るというのは負担が重すぎる。両チーム九回裏まで戦って、ホームランの本数のみで競うのです。あと、野球を見ている中で他のことも学べなければ親たちは子供に野球を見せなくなるでしょう。なので、バットの形状を、先細りにして、小学生の包茎ペニスと同じような形にします。そしてホームランを多く打つバッターは皮が剥け、先が大きく張り出した形になるように設計します。成熟することで皮が剥けることを伝えるのです。また、ホームランが飛び込んできた観客席からは、スプリンクラーから、片栗粉が混ざっていてとろみのある塩水が出てくるようにします。弾丸ライナーで飛び込んで来たときにはたくさん、ゆっくり入ってくるホームランでは少し出るようにします。野球を通じて性教育を済ませてしまうのです。これなら、いちいち性教育の時間を設けるまでもなく、野球の試合を見れば、どうやって子供ができるかがわかります。」
わたしが言葉を差し挟む間もなく、彼は野球観について語りはじめた。そのついでに、ぼくの弁護の話をした。
「どうせやったんだろうから、素直に謝りなさい。高校球児のような素直さで…もちろん、法廷は脱帽状態で入らないといけないので、帽子を取って頭を下げることはできない。そこでカツラをはずして頭を下げるんですよ。あなたはげてないので、頭を公判の日まで剃っておいてください。裁判用のカツラを用意しておくので、それをつけて出廷し、申し訳ありませんでした、とそのカツラを外して一礼、それで執行猶予がつきますから。」
公判の日、わたしは言われたとおりにカツラをした。思いのほか、カツラというものは蒸れてかゆくなるもので、何度か隙間に指を入れて掻いていた。しかし、かゆみの原因は蒸れではなかった。わたしの指にはシラミがついていたのだった。
 「シ・ラ・ミ!」
裁判官が話しているにもかかわらず、わたしは大きな声をあげてカツラを地面にたたきつけ、踏みつけてしまった。どうやら弁護士はカツラを愛犬につけて芝居をして楽しんだりしていて、その時にシラミがついたようだったが、そのせいでわたしは実刑判決を受けることになってしまった。
刑務所でのご飯はよく「臭い飯」と言われる。しかし実際のところは臭くない。むしろ臭くない、腐らないところが問題だと言える。わたしの収監された央央区の刑務所の場合、近所にあるコンビニエンスストア数軒から直接パイプが伸びていて、賞味期限の切れたものはその管を通り、食堂に直接届くようになっている。食堂の真ん中には半径一メートルのクッションがあり、管を通った弁当やパンが着地するという仕掛けだ。すき焼き弁当などのタレが着地のショックで漏れることがあり、クッションには無数のシミがついていて甘辛い臭気が立ちこめていた。囚人たちからそのクッションは「ラフレシア」と呼ばれていた。