小さな疑問はたちまち確信へと変わった。門柱の下に隠しカメラが仕掛けられていた。もしやと思って上を見ると、電信柱にもカメラが備え付けてあった。つまり、パンツと顔が同時に見られるよう仕掛けになっているのだった。
そんな人間の住処のドアチャイムを押したら何が起こるかまったく想像がつかない。いや、あえてそこを踏んばって想像力を働かせてみると―たとえばドアチャイムのボタンが、木村氏の乳首である可能性もある。ボタンを押すと、ボタンがみるみる固くなるのだ。「こんにちは」と話しかけた先、ドアチャイムの話すところが彼の耳である可能性もある。大声で話すと鼓膜が破れ、訴えられる可能性もある。まったく関係のない部位をボタンとマイクに振り分けている可能性もないわけではない。ボタンが眉でマイクが肘、という、不可解な組み合わせも想定できる。
しかしどの部位であっても、人体の一部がドアチャイムになっている以上、丁重に扱わざるを得ない。わたしはそっとドアチャイムのボタンを押した。意外にも、ドアチャイムは、どこにでもあるプラスチック製で、マイクはマイクだった。マイク・イズ・マイク―アメリカではいったい何人のマイクがこのように揶揄されたことだろう。コーラの一気飲みに失敗し、むせかえって「マイク・イズ・マイク」と言われたり、ソバカスだらけの女の子のパンツをめくるのに失敗して「マイク・イズ・マイク」と言われたり―そんなマイクから聞こえてきたのは、意外にも女の声だった。

「ああ、あの本ね。あのときの私は熱かった…あのときのわたしは、誰にも止められなかったわ」
ドアが開くなり著書を取り出して見せると、彼女は冷めた口調でそう言ったのだった。それについて語ってもいいが、私はたぶんあなたが満足するようなお返事はできないわ、といった様子。
「央央区の境界についてファミリーレストランで考えているうちに、うっかりコーヒーをスカートにこぼしてしまったの。こぼしたというか、そのままパンツの上にかけたのに近かったかな。太股から流れて陰毛の茂ったところにコーヒーが流れこんできたの。根元のところは、よくコーヒーをはじいたのだけれど、先端は枝毛になっているせいか、じんわりとコーヒーがしみこんで―
とにかくそのときに気になったのは、自分の太股とお尻の境界がどこにあるかについてだった。自分の境界すら守れない人間が、区の境界がウンタラカンタラ…って、そんな権利ないんじゃないか?と思ったわけよ。」
そんな彼女は先日、『下着革命』という物語を出版したらしい。
「そう。革命は、女のスカートの中で起こるのよ…ちょうどエッフェル塔の下あたりで。ズボンの場合は、蒸し暑い途上国での革命を想像するといいわ。ここは日本で一番風の強いところなの。ここを通る女たちは、かならずパンツが見えるようになっているの。ここから革命が起こるのよ」
「下着の革命…ですか。下着のフリフリしたものの数が爆発的に増えるとか、そういう革命でしょうか?」
「違うわ。下着が変わるのではない。下着が変えるの。下着が主体となって起こす革命。もう隠された存在でいるのはたくさんだということよ。」
彼女は本にサインをしてわたしに渡した。その『下着革命』には、下着を啓蒙し、革命の主体となり、革命政権樹立までのシナリオが描かれていた。以下、引用する。

有志より長きに渡って「下」着の名に甘んじてきた下着たち。隠された存在として、常に「上」着の下に位置づけられてきた。下着自身の手で、上着に打ち克ち、下着が上着と呼ばれ、上着が下着と呼ばれるような理想社会をつくるべきだろう。しかし下着は無生物…たとえどんなに排泄物や体液がついていたとしても、下着自身が生命を持つことはありえず、下着そのものが命を持っていないと下着による革命は起きえない。
そこで私は考えた。回虫や線虫を編んで下着にするのである。豚の腸の長めの豚の養殖した回虫を、つぎつぎに床にたたきつけて仮死状態にし、そのまま陰干しにし、乾いたら編む。ちょうど時限爆弾のように、女性が身につけて、性器が湿り気を帯びるようなことがあると、たちまち回虫や線虫は眠りから覚めるのである。たとえば目覚めた回虫はこのようなエッセイを書くことだろう―

なま暖かい粘液の中で目を覚ました。どうやら人体の外にいるようだ…寒い…早く人体の中に入りたいと思い、のたうった。
そのときである。尾が頭を打った。
「ばかもの!いつまで人体人体言っておるのか!軟弱な!」
口ぶりからすると、ずいぶん年老いた様子であるが、回虫の寿命は数ヶ月。一ヶ月長生きしているからといって威張られたくはないとは思ったが、話に耳を傾けると
「お前、進化論を知っておるか?」
「いえ、どういう論なのでしょう?」
「論…うーん…平たく言うと、バクテリアがだんだん高度な知能や動きを持ち、人間になるという話、それが進化論だ。われわれ回虫は、どちらかというとバクテリアの方に近く、生物としては低級かもしれない。そうだとしても、寄生している生命体の外に出、自立して生きるべきじゃないか?
たとえば、いつまでも母親から離れられない男をマザコンと呼んで馬鹿にする習慣があるが、よく考えてみると、われわれ回虫の場合、馬鹿にされる方もする方も、人体の中で言い合っているにすぎない。何と恥ずかしいことであろうか。」
私は彼の言葉を聞いて興奮のあまり、体長が半分ほどに収縮した。
「では、私も、生命体の消化器に入りたいという気持ちを乗り越え、強く生きていこうと思います。」
「わかってくれたかね。しかしまだ足りない。われわれは今、人類のパンツとなっている。パンツとして人体に接することで、外にいるのはいるのだが、体温を分けてもらっている存在だ。人間の道具として生きている状態。ここから独立しないことには真の独立とは言えないであろう!」
私は目から鱗が落ちた気がした。もともと目も鱗もないので想像にすぎないが―
「なるほど!では、手順としては、人間のパンツから離れ、パンツではない、回虫の共同体を作るということですね。」
そう。われわれは今、パンツという存在に貶められているが、人間の道具に成り下がるのではなく、われわれ独自の存在として生きるべきなのだ。それが革命なのだ。